役割の私

 

わかったような、わからないような話。

 

私は“ここにいていいよ”という『役割』をくれる人と結婚したし、

私に“ここにいていいよ”という『役割』をくれることを望んで結婚したのかな。

 

どんな私でもいい

そのままの私でいい

何かの役割ではない そのままの私

 

“そのままの私”とか、“あるがままの私”とか、具体的になんだそりゃって感じだけど。

 

 

何者かになろうとしてない私

何者か『役』を探してない私

 

でも結局、私自身が常に何者になるか、

次は‥?今は‥?この後何者になるか‥?を、私自身が探して生きてたんだよね。

 

何かの役目・役割のない“私”を想像できなかった私がいて。

そんな私が結婚したからこうなったんだな、

そう思うとやっぱり(罪悪感はいつもあるけど)、相手に悪いことしたな私、と思う。

 

 

『役割』を取る

それは仮面を外すってことでもあると思うんだな。何となく。

 

いい子でいようとしてた。

ちゃんとした子、ちゃんとした人。

 

空気を読んでその場を調整する(←っていう感覚が強いんだなー私)→→『その場を調整』って、私、どんだけえらそーなんだか。

 

正しさとか

我慢が良いとか、するべきとか、

奥さんだとか、気を利かせるとか、お母さんだから‥とか、理解のある人(←都合の良い人?!)とか、、

 

 

さぁ、さて。

それで、私は 素直に

仮面を外せるのだろうか?

 

 

わかったような、わからない話。

何となく、今の感覚の話。

投稿者プロフィール

心理カウンセラー 斎藤朝海
心理カウンセラー 斎藤朝海
心理カウンセラーで作家の根本裕幸さんのお弟子です。
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