私の傲慢さに少し気付けたこと


心理カウンセラーの斎藤朝海(さいとうあさみ)です。

根本裕幸(カウンセラー・作家・セミナー講師)さんのお弟子(2期)です。



感じたモヤモヤ

先日のブログを書いていて、私は自分の感じている感情を、安全に安心して感じられていない気がした。

“こう思っちゃダメ”とか、“こんな風に思うものだ”とか。

そしてそれは特に、『嫌な』気持ちになる時に。その感情が心に入ってきそうになると、目を逸(そ)らしたりして、気持ちをすり替えていた気がする。

遠い昔には、親に対して。

そして今は、話してくれた目の前の人の感情について。

あぁ、そうか。だからか‥、私が今キャリアコンサルタントの勉強で、カウンセリングの練習をしている時に、相手が“あぁ辛いんだろうな‥”とか、“言いたくないんじゃないかな、悔しいよね。”“苦しいよね。”“恥ずかしいよね。”と、私の方で勝手にそう判断してしまって、(そう感じてしまうと反射的に)相手が話してる話を「いいよいいよ、大丈夫、無理しなくていいよ」みたいに幕引きしたり、何か別の話や感情にすり替えてしまってた(今思えば、だけど)。

だから私は、話した後によくモヤっとしていたり、後ろめたいような、結局何もはっきりしていない無力感のようなものを感じていたのかな。

『嫌』な思いも大事にしよう

私はそれが嫌だ。

私は〇〇するのが嫌だ。

私は〇〇しないのは嫌だ。

“それ”が『嫌かどうか』と、『正しいかとか正しくないか』ということは違う。

私は、正しいなら嫌ってはいけないような気がしてたのか?

自分がどうしても受け入れられないこと=私にとっては○(まる)じゃない=正しくないこと、のように心が処理していたのかな?

誰しも“これがいいんだ”と思ってするだろう選択を、私もしていて、そして私が“いい”と思って選んだものは『正しい』のだと思ってた。

『そりゃそうでしょ?!』って思ってた。無意識にそう感じてた。心で、頭で、そう変換していたような気がする。

私が“いい”と思って選んだもの。それは私が“いい”と思った、つまり私の“好き”で、私が“心地良いと感じること。”私が納得できること”なんだ。

そう思えば、生きているこの世の中で、『正しい』『間違ってる』なんて言えることなんて、どれくらいあるだろう。

私はそれが嫌だ!って言える心のスペース。

そう思っていいんだ、嫌でいいんだ、そう思える心の居場所がある、“そう思う”ことを守られてると思えば、心がどんなにかホッとすることだろう。

私が嫌だと、外に向かって言ったら?

誰か嫌な気をするんじゃないか?

気を遣わせるんじゃないか?

そんな私はわがままで、嫌われるんじゃないか?

って。

私、そんなに影響力あるんかいヽ(´o`;

誰がそんな、私がこれがいいだの、これは嫌だのと言ってることを気にして聞いているのか(笑

逆に、私はこれを他の人にはしてるなぁ。うん、してるんだなぁ。

誰かが何かを嫌だって聞いたら、それを知った以上、出来るだけそれを回避(その人が嫌な気をしないよう、私ができることなら)しなくちゃ、って。

私の自覚としては、目の前に落ちてるゴミが視界に入ったのに、捨てずに気付かなかったフリをするような気持ちの悪さ、悪いことをしてるような気持ちになるから。

でも、結局はその“悪いことしてる気がする”のは、“悪いことをしている”→『嫌われる恐れ』を知らず知らずのうちに感じてるのかなぁ。

つまり私がしていることは、

自分の心の中に“嫌い”とか“嫌”って感じた時は、外に出さないようにして、周りの人が感じない様にして、

他の人の中に“嫌(そう)”を感じた時には、私は勝手にその人が嫌な気をしない様に(本当にそう感じてるのかわからないけど)気を利かせてる風な行為に思わず出てしまう。

(その場が嫌な空気にならない様に、その人が傷付かない様に、“大丈夫、大丈夫”と言ってみたり、笑ってみたり、ふざけてみたり、逆に気付かないフリをしてみたり‥)

ということは、

私はすごく“嫌”とか“嫌い”って感情に敏感になってる?

私は、“嫌”とか“嫌い”を嫌ってるってことか?!

私は“嫌”とか“嫌い”の感情を感じてる様で、実は本当はちゃんと〈見て〉ないし、ちゃんと感じてない。逃げてるんだな。

そしてそう考えると、嫌な空気を勝手に感じ取って、人が嫌な気をしないようにと(合ってるかどうかもわからないのに)先まわって、『何でもないよ』と雰囲気を変えようとすることで、私は他人様の“嫌”の感情を感じる機会を奪ってたんだよなぁ。(こういうの、何というんだっけ?何とか泥棒‥みたいな‥)

《その人の感情はその人のもの》

どんな感情でも好きに感じさせてよね、誰にもね。

てか、偉そうだぞ、私!どんだけ出しゃばってるんだか‥(ーー;)

なんだかちょっと繋がってきたかも。

最近も、何だか自分としては一生懸命その場に対応しようとしてたんだけど、ずっと、何だかずっとモヤモヤしてた。

多分今回も、私は勝手に人の気持ちを私がどうにかしようとしていたんだ。

私が生きてきててずっと感じていた、自分の中の傲慢さ、驕(おご)ってる感は、これだったのかと思った。

思うとすごく恥ずかしいな。

パッと見で見えないことだから、何だか余計に。

でも、このモヤモヤを感じられて良かった。

このモヤモヤを見つけられて良かった。

こんな自分に気付けて良かった。

これから、こんな気持ちに向き合っていける私になれる気付きをもらえて、本当に良かった。

今まで気付かなかった、沢山の(嫌とか不快の)気持ちたち、その人たち、ごめんね。有難う。

気付かせてもらえた全てのプロセスに感謝。

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