徒然なる、5日目

  

  

私はつい、人を助けたくて仕方なくなってしまう‥。それが本質なら‥?

  

子どもは“親”を選んで生まれてくるという。また、その“親”を助けたくて選ぶ魂も多くあるという。

  

又、スピリチュアル的に寄っててふわふわしていて、この世で生きにくい魂もあるというYouTubeの話とか。

  

  

今朝また私は、ベランダで朝活の六法拝をしていて。

罰当たりなことかも知れないのだけど、私はいつも、今までも、先祖代々やお墓参りなどに心を向けた時に、その血筋を受け継ぎ、有難いことに自分がいるんだ‥というのがピンとこない。

脈々と受け継がれてきた血縁というものがあるのだということを頭ではわかるんだけど。

そんな時何となく、物質的なこの世界と、何だかよくわからないふわふわした感覚とが、結びつかない感じがして落ち着かない。

  

私はやっぱりおかしいのかもしれないな、ふわふわ頭がお花畑だったり、現実逃避だったり、妄想か幻想が浮かんでるだけ、気のせいみたいなところなのかも知れない。

とにかく頭や感覚がふわふわしてる私。

そんなこんなを思い浮かぶままに感じてたら。

ふと、思った。

  

あの厳格な父、それに追従する母の元に生まれた私。となると、そりゃ父から見れば私はふわふわしてて受け入れ難く、私は私で生きづらかったよね。

  

でも私はそこを選んで生まれたのだとしたら、やっぱり私の魂の本質は『お節介なほどまでに人を助けたくて仕方ない』ってことなんじゃないかな?“お節介”って言葉は、すんごく嫌なんだけどさ。

  

でもさ、この人を助けたいと思って降りてくる魂が多いって言うなら、結構そんな人、いるってことだよね?

なんて思った。

  

ま、自分がどこから来た何者であったって、別にそれはそれで構わないし、人間として生きていくだけのことで、いつかこれを読み返すことがあれば、こんなこと書いてたんだ、変なこと書いてたなぁと思うかもしれないし。

  

  

ただ今、とりあえず今の私はこんなことを感じてるんだと書いてみたかったんだな。

  

  

  

投稿者プロフィール

心理カウンセラー 斎藤朝海
心理カウンセラーで作家の根本裕幸さんのお弟子です。
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